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高松高等裁判所 昭和56年(う)208号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人河井信太郎、同宮原守男、同古城盤、同武田安紀彦共同作成名義の控訴趣意書及び同補充書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  控訴趣意第一分冊第一点及び第二分冊第一点について

所論は、要するに、本件は(い)合議体で取り扱うべきであるのに、あえて一人の裁判官が取り扱い、粗漏拙速な審理がなされた(ろ)長期にわたり追起訴に脅かされての審理であった(は)いわゆる百日裁判事件ではないのに、殊更迅速処理がなされた(に)その審理に釈明の懈怠があり、予断と偏見によって公平な訴訟指揮がなされず、捜査機関の違法不当な捜査方法を立証しようとした弁護人の訴訟活動が制限され、防禦権の不当な制限を受けたという点において、その訴訟手続に憲法三一条の違反があり、「公平な裁判所」による裁判を保障する同法三七条一項の違反があり、「すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられる」とする同条二項の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきであるというのである。

しかしながら、記録及び当審における事実取調べの結果によっても、原審の訴訟手続に所論のような憲法違反があるとは認められない。すなわち、所論(い)の点については、本件が合議体で審理されなかったことについて何ら違法不当とみるべき点はなく、また一人の裁判官が粗漏拙速な審理をしたという形跡がなく、所論(ろ)の点については、収賄事件(原判示第一の一、二及び四)の起訴が遅れてはいるが、不当という程ではなく、いずれも起訴するに値いする事件であるから、仮に被告人が追起訴の不安におびえたとしても、やむを得ないことであって、何ら違法ではなく、所論(は)の点については、本件公職選挙法違反がいわゆる百日裁判事件に当たることは明らかであるから(ただし、被告人は原審公判審理中の昭和五六年一月九日に宇和島市長の職を辞した)、速やかに裁判をしなければならなかったのであり、所論(に)の点については、釈明の懈怠とか、予断と偏見による不公平な訴訟指揮とか、防禦権の不当な制限などは認められない。その他所論の如き違法の点は認められない。論旨はいずれも理由がない。

二  控訴趣意第一分冊第二点について

所論は、要するに、原判決が原判示第一の一、二の事件の証拠とした(い)浅田毅の8・1付検供のト(83)(ただし、証拠に関する略号は、原判決の例による)及び(ろ)被告人の7・26付検供(21)、6・23付司供(20)について、前記(い)は、浅田が捜査官から、「被告人が浅田から五〇万円を受け取ったと供述している」と教えられたので、自分としては金額についての記憶がなく、かつ真実は二〇万円であったのに、虚偽の自白をするに至ったのであって、これは捜査官の偽計によって心理的強制を受け、誘発された虚偽の自白であるから任意性がなく、また前記(ろ)は、被告人が捜査官から、「事件にしないから」とか、「奥さんが認めている」などと言われたので、御歳暮としての二〇万円であり、かつ社会的儀礼の範囲内であったのに、入札指名のお礼の趣旨としての五〇万円である旨の虚偽の自白をするに至ったのであって、これは捜査官の偽計によって心理的強制を受け、誘発された虚偽の自白であるから任意性がなく、従ってこれらの供述調書を証拠としたのは、刑訴法三一九条に、ひいては憲法三一条、三八条二項にも違反し、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきであるというのである。

しかしながら、記録及び当審における事実取調べの結果によっても、捜査官が被告人及び浅田毅の取り調べにおいて、所論のような偽計や心理的強制を行なった事実は認められず、所論の供述調書はいずれも任意になされた供述を録取したものと認められ、同時に浅田の前記検供の内容は、御歳暮というのは名目であって、入札指名を受けたことのお礼であること、及び金額が五〇万円であることの点において、同人の公判廷での供述より信用すべき特別の情況があると認められるから、いずれも証拠能力がある。論旨はいずれも理由がない。

三  控訴趣意第一分冊第三点について

所論は、要するに、原判決が原判示第一が一、二の事件について、交付を受けた金額が各五〇万円であるとした点、及びいずれも職務に関する賄賂であるとした点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

しかしながら、原判示第一の一、二の各事実は、原判決の掲げる証拠によって優に認めることができ、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決には、所論のような事実の誤認があるとは考えられない。その認定については、原判決が詳細に説示しており、その説示はおおむね妥当であり是認できる。また職権で浅田キヌ子の証人調をしなかったことが審理不尽にあたるとの所論も、事実解明上右証人調は格別必要なものとは考えられないから、採用の限りでない。論旨はいずれも理由がない。

四  控訴趣意第一分冊第四点(同補充書を含む)について

所論は、要するに、原判決が原判示第一の四の事件について、信用できない西村宏志の捜査官に対する各供述調書謄本や、任意になされたものでない被告人の捜査官に対する各供述調書に基づき、市長室で現金二〇〇万円の交付を受けたと認定したが、西村が現金を持参したのは市長室ではなくて、被告人の自宅の方であり、かつ自宅において応待した被告人の妻が、西村に対して、その際に、受領できないと明確に拒絶したのにも拘わらず、西村が現金を縁側に置いたままに立ち去ったのであり、また被告人が妻から報告を受けて、直ちに返還するように言い付けていたのであって、従って、被告人には受領する意思を欠いていたのであるから、交付を受けたのではないことが明らかであり、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があるというのである。

しかしながら、原判示第一の四の事実は、原判決の掲げる証拠によって優に認めることができ、所論にかんがみ記録を精査し、かつ当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決には、所論のような事実の誤認があるとは考えられない。その認定については、原判決が詳細に説示しており、本件金員の趣旨の点をも含めその説示はおおむね妥当であり是認できる。もっとも、当審第九回公判調書中の証人西村宏志の供述によれば、同人の出張旅費清算票は、松山市から大阪市への経路について関西汽船を利用したとしているが、本当は国鉄を利用したものであって、正確に記載されていないことが認められるが、その点を考慮しても、原判示の事実を認定する妨げとはならず、原判決に影響しないと認められる。論旨は理由がない。

五  控訴趣意第一分冊第五点について

所論は、要するに、原判示第二の事件について、(い)原判示の現金三〇〇万円の授受は、被告人が受領した山本後援会に対する寄附金を、後援会に引き渡したというのであって選挙運動に当らず、また(ろ)被供与者とされる寺田武は、後援会会長として寄附金を一時保管しただけであって(従って買収資金の授受にあたらない)、報酬性がなく、供与に当らず、供与の故意もないから、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があるというのである。

そこで検討すると、原判決の掲げる証拠によれば、被告人は原判示の市長選挙に立候補する決意を有していたもの、寺田はその選挙人であるとともに、山本友一後援会会長であること、被告人は、同一の機会に市長室において、後援会に対する寄附金として、株式会社愛媛相互銀行ほか一名から一五〇万円ずつ合計三〇〇万円を受領したので、その当時、原判示の後援会事務所において、寺田に対し、前記銀行の分の寄附金については領収証を発行するように指示して、右三〇〇万円をそのまま引き渡したこと、これまでの被告人の市長選挙に際しては、選挙運動全般を統括指揮する実質的な最高責任者は、従来から参謀長と称して、後援会組織とは別に被告人が指名しており、その参謀長が選挙運動資金を掌握し、集中的に一切の支出決定をすることになっていて、後援会自体が参謀長とは別に、選挙運動資金を保管したり、適宜支出するということがなかったこと、原判示の市長選挙に際しては、後援会の幹事長である山崎昌徳が参謀長に兼ねて指名されたが、陣中見舞など後援会への寄附金や借り入れなどによって調達された選挙資金は、山崎が集中的に掌握しており、同人の専権的な決定によって、必要な都度、後援会活動や選挙運動の費用などに支出配分されるという仕組みは従前と同様であって、後援会はその資金の出入について何ら関与しなかったこと、寺田は、被告人から受け取った右三〇〇万円のうち右銀行の寄附金一五〇万円について後援会名義の領収証を発行し、その直後に選挙運動などの資金として、これをそのまま山崎に引き渡し、その余の一五〇万円についても、その二、三日後にそのまま同人に引き渡したので、右三〇〇万円については、自己の裁量でこれを処分するとか、選挙運動をすることなどの報酬として、その一部を自分の利得にするなどということが全くなかったこと、被告人及びその後援会の幹部らは、その当時、被告人と対立して立候補すると予想される者に比べて資金力の弱いことを憂慮しており、寺田はみずから五〇万円を後援会に寄附していたこともあって、右三〇〇万円の授受のあった当時、この金員が参謀長とは別に、寺田の裁量によって他の選挙運動員らに支出されるとか、自分の報酬とするなどの事態が予定されていたとは解されず、寺田は後援会への寄附金として、右山崎に引き渡すまでの間、単に一時的に保管しただけとみられること、右三〇〇万円は、山崎のもとにおいて他の資金と共に不可分的に、選挙運動者らに対する違法な供与金などとして全部支出費消されたのであり、被告人及び寺田は、そのような選挙運動の首脳部に位置するものとして、違法な供与金などに支出するための選挙資金を山崎に交付する目的で、右三〇〇万円を授受したことが認められる。当審における事実取調の結果によっても右認定は動かない。これらの事実によれば、右三〇〇万円の授受は、右金員の全部又は一部の処分が寺田の裁量に任かせられているとか、これに寺田に対する報酬が含まれているとは考えられない点において、公職選挙法二二一条一項一号の「供与」には該当せず、同項五号の「交付」に該当するものというべきであるから、供与したと認定した原判決には所論指摘のとおり事実の誤認があるが、金員交付と金員供与とは、共に同法二二一条一項の罪で、その法定刑も同一のものであるから、この点の事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明白であるとはいい得ない。

次いで、右三〇〇万円の授受は、選挙運動にあたらないとの所論について考えるに、右金員は前記のとおり、後援会会長を経て選挙運動の実質的な最高責任者に交付する目的で、立候補を予定する被告人から後援会会長に授受されたというのであって、その授受は、選挙運動の最高首脳者内部間における選挙資金の調達に引続く授受の段階のものであるといいうるのであるが、その場合でも適法な選挙運動の資金としての授受であれば格別として、本件の如く第三者に対するいわゆる買収資金として交付されるものである場合は、間接的にではあるが、選挙人に対する投票への働きかけを依頼する行為であるとして、本件交付行為自体選挙運動にあたると解するのが相当である。従って被告人が寺田に現金三〇〇万円を交付したことが一面立候補届出前の選挙運動にあたるとした原判決には所論の如き事実誤認はない。論旨はいずれも理由がない。

六  控訴趣意第二分冊第二点ないし第四点について

所論は、要するに、原判決が原判示第一の三の事件について、(一)認定理由の説示において、(い)一方では、裏参謀長である山崎が寄附の依頼をしたことを認め、同人が一〇〇〇万円の直接の受取人であることは否めないとしながら、他方では、山崎個人が受け取るべき理由なく、後援会が受け取ったのでもないとした点に、論理の矛盾があり、(ろ)浅田が寄附をした動機の一つとして、「被告人に対する」それまでの好意ある取り計らいに対する謝礼の気持などとした点に、文章自体の意味が不明であり、審理不尽による理由不備、理由そごがあり、また(二)その寄附者について、真実は恵開発有限会社であるのに、有限会社浅田組の代表取締役浅田毅であると認定した点、寄附の受領者について、真実は山本後援会の市議団に所属する各市議の抱える後援会であるのに、被告人であると認定した点、並びに、そのような事実がないのに、入札指名業者の選定などに関し、好意ある取り計らいを受けたことに対する謝礼などの趣旨のもとに贈られたと認定した点、及びその趣旨のもとに贈られるものであることの情を知っていたと認定した点に、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があるというのである。

そこで検討すると、前記一(い)、(ろ)の理由不備等の所論については、原判決の理由説示を通読すれば、その理由のないことが明白であり、所論は右説示を敢えて正解しないというほかなく、とうてい採用できない。

次に、前記(二)の事実誤認の所論について検討すると、寄附者の点について、原判決挙示の証拠によれば、寄附金一〇〇〇万円の出所が、恵開発有限会社の銀行預金五〇〇万円と、同会社の土地売買による裏利益金五〇〇万円であることが明らかであるところ、同会社は、形式的には独立した法人であるが、その実体は、原判示のとおり役員・事務所などの組織面や、営業上の資金面などにおいて有限会社浅田組に従属しており、これと一体的な関係にあることが認められるのであり、被告人や山崎が浅田に対して選挙資金の寄附を依頼したのは、浅田が宇和島市で大手の土木請負業者に属する有限会社浅田組の経営者であって、右浅田組には相当の資力があるとみられたからであり、被告人のために積極的に選挙運動をしたこともあるからであって、本件の場合においても、浅田、山崎、及び被告人らの間において、従来の右浅田組とは別に、恵開発有限会社が寄附することになったものであるとは認識されておらず、浅田の方からも、そのように同会社からの寄附である旨を告げたことも認められないのであるから、右一〇〇〇万円は右浅田組からの選挙資金の供与であり、かつ寄附であるとして授受されたものというべきである。

次に寄附の受領者について、原判決挙示の証拠によれば、被告人の選挙運動の資金として、被告人に対してなされた寄附金を、参謀長である山崎が被告人のために代って受領したこと、及び後日、山崎が被告人に受領の報告をし、被告人が浅田に謝礼の言葉を述べたことが認められるのであるから、被告人が現金一〇〇〇万円の供与を受け、かつ寄附を受けたことが明らかである。

次に、寄附の趣旨、及びその情を知っていたとの点について、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、宇和島市長として同市内における土木業界の発展という公共的な利益のために、同市内の最大手である一若建設株式会社に対抗できるように、有限会社浅田組を育成すべきであるという考えから、同市の港湾工事や水道工事にも同会社を指名するなど、入札指名業者の選定などに関し、できるだけ指名するように考慮していたということであり、浅田も、市発注の工事が有限会社浅田組の年間工事高の半分、或いはそれ以上にもなっていることから、これまでの指名に対する謝礼や、今後とも同様に指名を受けたいという趣旨のもとに一〇〇〇万円を提供したということであり、被告人もその趣旨のもとに贈られることの情を知っていたということが認められるから、寄附の趣旨、及びその情を知っていたことも明らかである。それ故、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨はいずれも理由がない。

七  控訴趣意第二分冊第五点について

所論は、極めて理解し難いが、要するに、弁護人請求にかかる昭和五五年(わ)第八三号等事件証拠等関係カード(No.5)記載の番号29ないし49の各証拠について、これらは捜査官が、山本後援会に属する市議団を訴追しないと約束し、種々説得して提出させた証拠であるのに、その後、前の約束を翻して訴追するなど、違法に収集された証拠であり、これに関連する証拠は、本件において有罪の資料にしてはいけないということのようであるが、その理論構成が明らかでなく(なお所論指摘の各証拠は原判決の証拠の標目欄には掲記されていない)、市議団に対する約束が本件訴訟に影響することの論拠も不充分であって、とうてい採用に値しない主張である。論旨は理由がない。

八  控訴趣意第一分冊第六点及び第二分冊第六点について

所論は、要するに、原判決の量刑不当を主張し、被告人に対し刑の執行を猶予されたいというのである。

所論にかんがみ、記録を精査し、かつ当審における事実取調べの結果を加えて検討するのに、本件の情状としては原判決が量刑理由として説示するところはすべて適切であると認められ、殊に収受賄賂の額、選挙違反の規模、態様などにかんがみ、その刑事責任はまことに重大であり、被告人の反省の情、殊に市長に着任早々に引責辞任していること、年令、更に当審において立証された政治上の業績その他所論の点を考慮しても、実刑に処した点を含め、原判決の量刑はやむを得ないものと考えられる。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、当審での訴訟費用について同法一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山丈一 裁判官 髙木實 田尾健二郎)

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